みしっく今日のひとこと - 2010年5月


■2010/ 5/30(日)  日本赤十字社の素顔

野村拓監修『日本赤十字の素顔―あなたはご存じですか?』(あけび書房,2003年)を読んでみた.

赤十字といえば,人道主義を基盤として,戦時における傷病者の救護を目的として発足した社会運動で,国際条約によってその活動が保障されているという点に特徴がある.いまでは戦時以外にも大規模な災害の際などにも幅広く活躍している.

赤十字運動のもう一つの特徴は,「人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性」の7原則を掲げて活動するということで,このうち「中立」の原則は,人権を侵害する紛争当事者についてもそれを広く告発するということをせず,沈黙を保つということにつながるので,しばしば批判される.この点につき赤十字と対照的なのが「国境なき医師団」である.

日本赤十字社は,各地に病院を設立しているほか,輸血用血液を独占的に取り扱う血液事業を営んでいるなどの特徴がある.赤十字社は各国において設立されているものの,常設の病院を持たない赤十字社も多い.さらに,各国赤十字社は政府から独立した団体であるところ,日本赤十字社の構成員(「社員」と呼ばれる)の数は1724万人と,国民全体に対する割合がきわめて多い.

近年では災害救援・保健衛生などの国際活動をになうNGO/NPOが数多く生まれているけれど,日本赤十字社もこれらの分野を長年手がけており,その活動の実績には定評がある.

以上のようなところが基礎知識で,本書ではこれを踏まえてこの団体に対する批判が展開されていて,なかなか考えさせられるものがある.ここではそのうち2点について考えることにする.

まず初めに指摘されるのが,組織形態とガバナンスの欠如.普通の社団法人と異なり,社員総会はなく,代議員会が置かれ,代議員会が社長等を選出するとともに,収支予算・事業計画等を議決するのだけれど,代議員は評議員会で選出され,評議員は社長の委嘱した地区長等が推薦した「評議員推薦委員」が選出するといったぐるぐる回りの構造になっているので,一般社員が意思決定に関与するのが難しいという.

しかし,生命保険の相互会社も「総代会」が置かれていて,その実質は日本赤十字社と同じようなものだし,総代会といえば生協にも同様の機構がある.私がかつて所属していた大学生協では民主的な総代の選出と一般組合員による経営討議を実現していたけれど,私の現在かかわっている複数の生協では,そうした模様はうかがえない.代議員制度をとらないNGO/NPOにしても,大規模の団体であれば一般メンバーが意思決定に関与するのは困難だろうと思われる.

次に,戦時に戦場やその周辺で活動を展開することに伴う問題の指摘.どうしても自国のかかわる軍事紛争が発生すれば自国部隊の保護を受けながら自国傷病兵の治療を活動の中心とすることになるし,赤十字の医師や看護師らは非戦闘員であり,赤十字の識別マークを掲げた船などは条約上攻撃してはならないことになっているにもかかわらず,実際には攻撃を受ける事態もままあるというのが実情のようだ.太平洋戦争において戦場に送られた「従軍看護婦」たちの証言が収録されており,大変貴重なものと思う.

日本には平和憲法があり,政府の見解によれば日本が外国の軍隊により直接侵略を受けることはほとんど考えられないとされる中で,日本が戦争に加わることはあるべきでないし,したがって日本赤十字社が紛争当事者の一方の側に「従軍」するということはあってはならないけれど,9・11同時多発テロ事件後の米国の対応にみられるように,戦時国際法の国民への周知・啓発といった事業は行う必要があるし,むしろ強化する必要があるのではないかと思う.

また,現在の組織形態・事業形態や寄付金等(「社資」と呼ばれる)の集め方が適正なものかどうかはさておき,災害救援・保健衛生などの国際活動は,(日本赤十字社の事業全体の中で占める割合は小さいのかもしれないけれど)有意義なものだと思う.国際活動への寄付金の募集は,NHKと共同で「海外たすけあい」として取り組んでいるようだ.

ところで中労委の命令書によれば,日本赤十字社には全日赤,日赤新労(いわゆる第二組合とみられる),日赤労組の3系統の労組があるらしい.この本はそのうち最大手の全日赤に属する著者らによって書かれたもので,国民全体の,あるいは社員全体の利益を求める立場で書かれたような個所と,従業員の立場に依拠しているような個所が見られ,両者は必ずしも整合性がとれていないのが興味深いところ.

蛇足ながら,上記命令書によれば,日赤は給与水準を長年,人事院勧告(国家公務員に適用される)に準拠して決めていたという.公的役割を果たすとはいえ国からは独立した存在なのだから,私としては違和感があるが,労使交渉の結果としてそうなっているのであれば口をはさむ筋合いはない.

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■2010/ 5/23(日)  「周辺的正社員」に思う.

黒川滋氏のブログによれば,「『ブラック会社』で働く若者たち〜周辺的正社員の明日〜」というシンポジウムが1週間前に明治大学で開かれたという.

ブラック企業という呼び名は以前から知っていたけれど,「周辺的正社員」という用語は初めて耳にした.少々直訳的で生硬な表現だけれど,「雇用保障も昇給もキャリア展開もおぼつかない『しがない』正社員のこと」という説明に納得.そういえば,名の通った企業にもそういう例は多数あると聞くし,ブラック企業として有名な企業に限った話ではない模様.正社員に限らず,いわゆる契約社員(フルタイム・有期雇用の従業員のこと)にも似たような例が見受けられるのはもちろんだ.

しばしば小泉改革のせいにされるけれど,このような現象が生じた要因は,さかのぼれば土光臨調とか,バブル期ごろの経済の構造転換に始まる模様で,根が深い.振り返ってみると,80年代には,目の前で起きていることは把握できても,それが未来をどのように形作っていくか・変えていくかまでは理解が及ばず,具体的な対処に結びつけることができなかった.それは,私自身の理解力や洞察力が足りなかった結果なのかもしれない.

ちなみに著者の黒川滋氏は,サラリーマンをしつつ,朝霞市でさまざまな活動に取り組んでいる方であるらしい.札幌在住時には北海道の「市民運動・労働組合・政治が一体となって社会改革に取り組んでいる西欧社会民主主義的な風土を体験」された由.プロの研究者や政治家ではないと思われるのだけれど,この記事以外にもなかなか深い考察の結果を記されている.例えば増税についてなど.

増税を検討すると2月14日に発言した菅財務相に「社民党の幹事長が、議論するのはまかりならん、まずは徹底した無駄をなくせ」と述べたのに対し,「その言い分が新自由主義そのものだと知らないのか」と批判していたり.立場上私は増税を口にしづらいのだけれど,その批判は当たっている.

おそらく,増税ありきではなく,福祉をはじめとした必要な行政サービスやセーフティネットを持続的に提供することが可能な水準の税収を確保するために,現在の経済の状況を踏まえて税制を組み替えることを検討する必要があって,その結果として消費税の税率を上げるのであれば納得感はあるはずで,実際そうした場合には,国民大多数にとって実質的には負担増とならない形になるのではないかと思う.橋本内閣のころなら増税なしの財政再建が可能だったかもしれないけれど,いまとなってはもう無理だ.

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■2010/ 5/16(日)  イギリスはおいしい……か? / 風力発電の益と害

林望『イギリスはおいしい』 (文春文庫,1995年)を読んでみた.著者がイギリスの研究機関に所属しいた際のできごとをつづった随筆で,文筆界でのデビュー作である模様.

イギリス料理がおいしいという人はあまりいない(著者の渡英時点ではなおさらだった)ので,題名に関心を抱いて読んでみることにした.

結論としては,「イギリスはおいしくない」.旅行記・滞在記としては一級の作だけれど,肝心の味覚については光るものが記されていない.パリやリヨンを中心とするフランス料理を日本の京料理に当てはめるとすれば,イギリス料理というのは,日本の郷土料理のような存在で,その中でもポーランド料理やスペイン料理などに比べても見劣りがするのではないかと.

ただ今世紀に入っては,ロンドンを中心として食文化の向上が見られるようでもあるので,動向はウォッチしていきたいところ.

牛山泉『トコトンやさしい風力発電の本』(日刊工業新聞社,2010年)を読んだ.

風力発電の仕組みと経済性については明快に述べられている一方,低周波音による健康被害については全くといっていいほど触れられておらず,不満が残る.

一説によると大型の風車によって発生する低周波音による健康被害は2kmの範囲に及ぶともいうから,少なくとも周囲1km以内に人家のない土地に建てる必要があるのではないか.でもブレードなどの部品の輸送用に高規格の道路が必要なので,人里離れた山地の尾根筋などに建てようとすると,別の意味で環境破壊になってしまう.

話変わって,電力は需要と供給が常に一致していなければならないところ,風力発電は発電量が時々刻々と変化することから,送電網に悪影響をもたらすともいわれる.ただしこれは,例えば電気自動車への充電負荷や一部の空調機のように,迅速に増減することが可能な負荷との連携により,発電量の増減をリアルタイムに負荷の増減に反映させる仕組みを作ることで影響の回避が可能になるのではないかとも想像する.

しかし,太陽光発電と違って風力発電では夜間にも発電が行われる.夜間の電力需要はとても少ないので,さすがに夜間に発電した電力を売りつけられては,電力会社は困ってしまうと思う.

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■2010/ 5/ 5(水)  「揚げ出し卵豆腐」よりわかりやすい例.

特許法というのは,産業・工学に関する最先端の事柄を扱うだけに,民法・刑法などと異なり,専門知識がないと,例を理解するのが難しいもの.たとえばボールスプライン事件最高裁判決は大事な判決だけれど,ここで取り扱われている特許は請求の範囲を読み解くだけでも一苦労だし,医薬の分野でも,例えば任意に特許公開2009−73851なんていうのを探してみると,請求の範囲は化合物の組み合わせで示されているので一見わかりやすいけれど,それがどういった意味を持つのかと考えてみると,さて.

外国の出願人による特許公表2010−506858などは,発明の名称からして「細胞外マトリクスの分解の阻害」と意味不明瞭な上に,要約が「本出願は、島ベータ細胞に関連する細胞外マトリクスの分解を阻害する方法であって、該細胞外マトリクスをヘパラナーゼ阻害剤の有効量と接触させる段階を含む方法に関する。」などとあったりして,あまり理解させようという意図が特許公表2009−542608をひもといてみると,請求項が267個もあって,読み解くのは一筋縄ではない(どうやら,抗がん剤と一緒に投与することでその作用を改善するための新しい低分子化合物が発明の内容のようなのだけれど).

ところで,特許2051580「揚げ出し卵豆腐およびその製造方法」は,「史上最短のクレームではないか」などと,そのわかりやすさを指摘する声があった.しかし,私は揚げ出し卵豆腐がブレイクしたという話を聞いたことがないので,この料理を供する店が仮に存在するとしても,あまり産業上有用な発明ではないように思われるし,無効原因があるようにも思われる(出願日より前の刊行物で同一の発明が記載されているものが見つかれば,無効審判を請求してみたい気がする……四川料理の「老皮嫩肉」について記した昔の料理本などがあればよいのだけれど).

そこで,揚げ出し卵豆腐特許のこのような欠点を持たず,なおかつ知的財産法を学ぶ学生にとって理解しやすい特許の例として,特許3362250「麦茶用麦の製造方法」(特許公開2000−245411)などはどうだろうかと思う.

請求項は一つしかなく,「原料大麦を、蒸気噴霧時間5〜60秒、蒸気流量20〜60kg/hの条件下で蒸気噴霧処理した後、焙煎温度230〜280℃、60秒〜120秒の一次焙煎を行なった後、引き続いて焙煎温度250〜300℃、60秒〜120秒の二次焙煎を行なうことを特徴とする麦茶用麦の製造方法。」これで「大麦の表面から芯部まで均等にしかも焦がすことなく確実に炒りあげることができ、水からでも麦茶特有の香ばしさと自然の甘味を強く引き出すことができる麦茶用麦、特にティーバッグ麦茶に適した麦を提供する」ことができるようになったという.

炒り麦をこの方法で製造しているかどうかを立証するのは現地を見てみないとわからなそうだから,当該発明を用いて外国で製造された物が輸入された場合の輸入差止めとか侵害訴訟は,実務上難しいかもしれないけれど,麦茶飲料は大半が国内で製造されるのだろうから,結構強力な特許なのではないかと思う.

ところで,特許文献を検索していると,ちらちらと「既存の刊行物には載っていないかもしれないけれど,進歩性を認めてよいか微妙」という出願に遭遇する.特許公表2008−515448「料理におけるカカオバターの使用」はどうだろうか.2004年10月(優先権主張がなされている日)時点で「脂肪物を使って食品を加熱源で加熱する食品の調理方法において、該脂肪物がカカオバターであることを特徴とする食品の調理方法。」(請求項1)は,どうなのだろう.「カカオバターを使って焼くことを特徴とする赤身の肉の調理方法」(請求項5)ならば認められるのだろうか.まだ特許査定はされていないので,今後の成り行きに注目したい(大阪のホテルフレンチの代表格ともいうべき,リーガロイヤルのレストラン「シャンボール」では「○○のカカオバター焼き」という料理をしばしば供している模様…).

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