はじめに


フランスという国を初めて知ったのは,暮しの手帖を夢中になって読んでいた幼いころだった.この雑誌には,パリの街角の暮らしを伝える記事や連載が多く載っていて,多少なりとも美化して描くことが常だったとはいえ,子供心に興味をかきたてられるものだった.中学・高校時代はこの国への関心が薄れてしまっていたけれど,大学に入ってから,フランス料理とワインの世界にひかれるようになり,西ヨーロッパの建築や町並みにも興味を持ち始め,また大きく動く世界情勢を見聞きする中で,米国中心でないものの考え方をするためにフランスの発信している情報を活用することは大切なことだと思うようになった.ある国や地方のことを深く知るためにも,旅行するにも,語学が堪能な方が何かと便利だし楽しめるものなので,大学で最初に選択した第二外国語は中国語だったのだけれど,回り道してフランス語も履修することにして,大学を出るころようやくある程度の読む力と最低限の会話の力をつけることができた.

そんなわけで,折あればこの国を訪れてみたいと思うようになり,宮仕えの身とて,なかなかかなわなかったものの,この春に交替制勤務に入ることになって,その勤務明けがちょうどヨーロッパ旅行に適する季節となることを知り,その機会を生かしてフランスへ行こうと思い立つ.さて,フランスのどの地方に行こうか.ここ2年ほど流行っているアルザスもいいし,ブルターニュもいいというけれど,やはりフランスといえば地中海に面した地方に行ってみたいかな,と.南仏は『プロバンスの12ヶ月』以来すっかり観光地の定番となった地方だけれど,風土や気候の点からいうとフランスの典型からはかなり離れた地方,料理もオリーブオイルやトマトを多用するなど特徴的だというので,パリと合わせて訪れれば首都圏と南仏とのコントラストが楽しめそうだと考え,南仏を中心にした日程を決める.

ヨーロッパへの旅行は,2年ぶりの2度目.前回の旅行はアイスランドが主な目的地で,情報の少なさに苦労したものの,今回は日本人観光客が多く訪れる国なので,ガイドブックには美術館の間取り(!)まで載っているほどだし,インターネットで少し検索するだけで,ツアーの日程表を山ほど見つけることができる.ツアーの日程表というのはもちろん,その地域の見どころのリストとして活用するのである.徒然草の「仁和寺の法師」は,石清水八幡宮に参拝しようと思って,ふもとの寺社を拝観して,それを八幡宮だと思い込んでそのまま帰ってしまったというけれど,下調べをしておけばこうしたことで後悔することはない.

目的地が決まったら,まず航空券を選ぶことになる.数社のホームページなどを比較検討したところ,アルキカタ・ドット・コムが料金と品揃えでまさっているようだったので,このサイトで航空券を調達.販売担当の人の応対も正確で,ガイドブックの『地球の歩き方』が「地球の迷い方」と揶揄されるのとはまったく異なるのに少々驚く.前回の渡欧時にはタイ航空を利用したところ,タイ航空の輸送サービスの品質に少しも不満はないものの,バンコク乗り継ぎでは時間がかかりすぎ,今回は日数も限られているので,北回り(シベリア上空を経由してヨーロッパに行くルート)にすることに.地方都市に行くのなら便利さから言ってヨーロッパ系の航空会社がおすすめ,と販売員さん.もともとアエロフロートと大韓航空と中華航空は利用除外航空会社のリストに入れてあるので,異論はない.費用のことなど考えて,一時キャンセル待ちになったものの結局 KLM オランダ航空を利用することになった.ヨーロッパを代表する,歴史のあるエアラインである.

宿は市街地の中心部,便利がよいことを第一に選び,インターネットや電話で手配した.ミシュランの赤本で選ぶと当たりはずれがないというけれど,今回は簡単に手に入る情報だけですませてしまった.フランス国鉄のきっぷは voyages-sncf.com で手配する.ニースからマルセイユまでは TER という種別の列車を選んだので予約不要なのだけれど,きっぷを事前に買っておいて現地で入手することができるらしく,そうすることにした.表示された購入控えをプリントアウトしておく.マルセイユからパリまでは TGV で,要予約.乗客の氏名や生年月日を入力し,きっぷを PDF でダウンロードしてこちらもプリントアウトしておく.最後に各種プリントアウトなどをファイリングし,準備完了である.

飛行機や宿などの手配の結果,日程は,ニースに4泊,マルセイユに2泊,パリに3泊に落ち着いた.世の中にはローマ・パリ・ロンドンの3都市を1週間で回るツアーなどもあるというから,日本の平均的旅行者に比べればずいぶんゆったりした日程を取ることができたことになる.日程のごくわずかな欠点をあげるとすれば,週末を2回含んでいること.現地では週末は多少観光に不便な面もあるので,できれば週末を1回だけはさむ日程にするにこしたことはない.